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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)709号 判決

控訴人

酒井強

被控訴人

浅沼久夫

右訴訟代理人

岩淵秀道

塚田宏之

主文

原判決及び浦和地方裁判所昭和五〇年(手ワ)第七八号小切手金請求事件の小切手判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月三〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決の第三項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

被控訴人の請求原因1、2の事実、控訴人の抗弁及び主張1、3の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、右抗弁及び主張2の事実が認められ、前掲被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、右事実によれば、控訴人がした契約解除の意思表示は有効である。

被控訴人は、右認定の約束に基づく義務は本件の売買契約においては極めて附随的な義務であるから、右義務の不履行をもつてしては売買契約の解除原因とすることはできないと主張する。確かに、右認定の約束に基づく義務は、売買契約の対象たる土地、建物の明渡しやその所有権移転登記のような基本的な義務に比較すれば附随的な義務であることは否定できない。しかし、〈証拠〉によれば、本件の売買契約は、その対象たる土地、建物の現所有名義人が売主たる太郎建設ではなくその前主とされる石崎繁であることを明示して締結されたことが認められるから、右石崎の売渡承諾書その他太郎建設が売却の権限を有することを示す書類を買主たる控訴人に交付することは、売主としての重要な義務といわざるをえないし、又、〈証拠〉によれば、控訴人の本件土地、建物の買受けの目的が転売にあることは太郎建設においても知つており、本件の売買契約はこのことを前提にして締結されたことが認められるから、右目的の実現を容易にさせるためにも本件土地、建物を見分するために案内することは、売主としての重要な義務といつてよく(〈証拠〉によれば、控訴人は右案内の折に転買希望者を同道する予定でいたことが認められる。)、したがつて、前記認定の約束に基づく義務が附随的な義務であるからといつて、その不履行をもつてしては売買契約の解除原因とすることができないというものではない。

なお、〈証拠〉によれば、太郎建設は、控訴人が前記契約解除の意思表示をするよりも以前の昭和五〇年五月六日に、控訴人が本件小切手を不渡りにしたことを理由にして本件の売買契約を解除する意思表示をしていることが認められるが、〈証拠〉によれば、控訴人が本件小切手を不渡りにしたのは、太郎建設が前記認定の約束に基づく義務を履行しないことに対処したものであることが認められるから、右不渡りには違法性がなく、したがつて、太郎建設がした右契約解除の意思表示はその効力を生じえないものである。

以上によれば、控訴人は太郎建設に対しては本件小切手金の支払義務を免れるに至つたものというべきである。

次に、被控訴人が太郎建設の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被控訴人は、前記認定の約束を含む本件の売買契約の締結に太郎建設代表者兼取引主任者として関与し、右契約締結後にも控訴人から石崎の売渡承諾書を交付するよう催告を受けたりした事実のあつたことが認められるから、被控訴人は、本件の売買契約が売主の債務不履行により解除されるべき事情にあることを知つていたものといつてよく、したがつて、被控訴人は本件小切手の悪意の取得者であると認められ、控訴人の太郎建設に対する人的抗弁をもつて対抗されうる立場に立つ者というべきである。

そうとすれば、控訴人は被控訴人に対しても本件小切手金の支払義務を負わないことになり、控訴人に対して本件小切手金の支払を求める被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを認容した小切手判決及びこれを認可した原判決を民訴法三八六条、四五七条に従い取り消して本訴請求を棄却することとする。

ところで、被控訴人が本件小切手判決の仮執行宣言に基づいて控訴人に対し強制執行を行い、昭和五〇年八月二九日に本件小切手金五〇万円の取立をしたことは当事者間に争いがなく、そうすれば、被控訴人は、本来返還を要する小切手につきあえて支払を受けた悪意の不当利得者として、控訴人に対し、右金五〇万円の返還とこれに対する取立の日の翌日である昭和五〇年八月三〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金支払の義務があるといわなければならない。

よつて、民訴法一九八条二項に基づき被控訴人に対し本件小切手判決の仮執行宣言に基づいて取立をした金員の返還及びこれに対する遅延損害金の支払を求める控訴人の申立はこれを正当として認容すべきものである。

そこで、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言について、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(吉岡進 前田亦夫 太田豊)

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